渡邉美樹〜ビジネス・政治・教育など幅広く活躍するマルチタレント〜

渡邉美樹〜ビジネス・政治・教育など幅広く活躍するマルチタレント〜

ビジネスパーソンの憩いの場である格安居酒屋。今でこそ幅広い業態が繁華街にあふれていますが、その流れを作った居酒屋ブランドのひとつが、渡邉美樹(わたなべ・みき)氏の立ち上げた「和民」でした。同業態は90年代のバブル崩壊、その後の経済格差の拡大の波に乗り成長。最近ではPCやスマートフォンなどの登場によって、特に若者の支出がそちらへ向かい、居酒屋は格安が定番となりました。

居酒屋業態で成功を収めた渡邉氏はその後、政界や教育にも進出するなど幅広いジャンルで活躍。2019年には政界挑戦の際に「もう戻らない」と公言していた創業企業ワタミの代表に復帰し、再び経営者として腕を振るっています。

著書は複数あります!

一般社団法人ソーシャルビジネス・ドリームパートナーズ代表理事、学校法人郁文館夢学園理事長・校長。著書に『夢に日付を! 夢をかなえる手帳術』(あさ出版)、『きみはなぜ働くか。渡邉美樹が贈る88の言葉』(日本経済新聞出版)、『もう、国には頼らない。』(日経BP社)など。

父の仇を討つべく、若くして経営者を志す

渡邉氏は1959年、神奈川県横浜市の生まれ。幼少期は野球に熱中するスポーツ少年でした。

起業を目指す

しかし10歳の時、母親が他界。父親が経営していた映画コマーシャル制作会社も清算されるという困難に直面します。住んでいた家も出ていかざるを得なくなり、夜も眠れない、いつも「明日、自分は死ぬ」と考えてしまうなど、自ら「精神的におかしかった」と振り返るほど辛い生活を送ります。

それでも、幼少期に眺めていた父の社長姿を「格好良い」と感じていた思い出、そんな父の会社が清算された悔しさから、「いつか仇を討ってやろう」と将来は経営者を志します。

その後、神奈川県立希望ヶ丘高等学校、そして明治大学の商学部へと進学。卒業後はミクロ経理や佐川急便でビジネスの基礎知識を学びつつ、起業資金を貯めます。

有限会社渡美商事を設立

そうして稼いだ300万を元手に1984年、有限会社渡美商事を設立し、満を持して経営者に。最初の事業は居酒屋チェーン「つぼ八」のフランチャイズ。これは幼少期の日曜日が必ず外食で、自分が最も経験している業界だった影響と語っています。

成長そして上場と華々しい成功を収めるも……

起業後、苦難はあれど、会社は順調に成長。自身が「異常なサービス」と言うほど、高級料亭やレストラン顔負けの接客を追求し、ファンを増やしていきます。

時代の変化を読む

その中で「フランチャイジーとしてではなく、自分でもやれる」と確信した渡邉氏は、1986年に会社を「ワタミフードサービス」と改称し、お好み焼きの「唐変木」や洋風居酒屋「白札屋」など独自の新業態を次々と展開。「白札屋」の苦戦などはありましたが、その中で顧客の外食ニーズが「家族団らん」に変化していると読み、家族が気軽に安心して入れる居酒屋「和民」を立ち上げ。これが大ヒットし、間もなく現在のジャスダックに上場。2000年には東証一部に市場変更するほど一大企業となりました。

居酒屋業態で成功を収めた渡邉氏は、その後も農業や介護、弁当宅配事業にも進出するなど、ビジネスを拡大していきます。

ですが、2008年。和民で働いていた女性従業員が、入社2ヵ月後に自殺してしまうという事件が発生してしまいます。捜査の結果、女性従業員は月141時間もの時間外労働があったとされ、2012年2月に労災と認定されました。

この事件は2015年にワタミ側が責任を認めて和解しましたが、それまでの経緯がネットで物議をかもしました。事件発覚当初、渡邉氏は海外に学校を作るプロジェクトに関わっており、SNSで「亡くなった彼女も期待してくれることでしょう」などと投稿。これに対して「思慮を欠いた発言」「過労で亡くなったのに期待なんてするわけないだろ」など、批判が殺到し炎上。従業員に対する過去の過激な発言なども公表され、大騒ぎとなりました。

こうした騒動によって、ワタミのブランドは失墜。2012年にはブラック企業大賞で市民賞を獲得してしまうなど、ブラック企業の代名詞となってしまいました。

古い業態とブラック企業からの脱却を目指して

女性従業員の過労死の後も、賃金の不払い、内部告発者の懲戒解雇、不適切な労使協定、食中毒、介護施設の死亡事故、選挙出馬時の公職選挙法違反など、立て続けに不祥事が発覚・発生していきます。結果、2014年3月期には1,631億あった売上は、2017年3月期に1,003億と桁落ちギリギリまで下落。倒産の危機を迎えます。

要因は2つありました。1つは業態が飽きられ始めた点。もう1つは多くの不祥事が招いたブランドイメージの悪化です。ワタミはこの2点の改善に注力していきます。

業態が飽きられ始めた

199円ビールと焼鳥の業態「三代目鳥メロ」や唐揚げ業態「ミライザカ」などを立ち上げ、顧客離れが加速していた中核業態・和民や坐和民に頼らない経営へ転換。これが成功を収め、顧客を徐々に取り戻していきます。

ブランドイメージの悪化

ブランドイメージの改善においては、店舗数を削減し、無理のない経営へシフト。営業時間や会議・研修時間も見直し、従業員の負担を軽減しつつ、メンタルケアやコンプライアンスも強化していきます。

スピード感のある改革を進めた!

結果、2018年3月期の決算は、売上高が1,000億こそ割ったものの(964億円。3.8%減)、営業利益は6.56億円(259.4%増)、経常利益は16.36億円(127.9%増)と急反発。純利益は1.5億円と黒字を達成しました。その後も「わたみん家」の閉鎖、既存店舗の業態転換など、スピード感ある改革を進め、2019年3月期には純利益13.73億円となり、復活を印象づけています。

政界を引退し、代表取締役へ復帰

ワタミが苦境からの脱却に努めていた頃、創業者の渡邉氏は参議院議員として活動。安倍内閣のもと、教育再生会議委員などを歴任してきました。

苦境からの脱却

ところが2019年、任期を終えた渡邉氏は「もう二度と戻らない」と公言していたワタミへ突然の復帰を発表します。復帰後、最初の記者会見では「ブラック企業と批判を受けたこと。その後、経営危機といわれるまで経営状況が悪化したことには大いなる反省をしている」(日経新聞より引用)と、かつての誤りを改めて謝罪しました。

現在は、高齢者向け宅配事業の拡充や直営店のフランチャイズ化を進めつつ、自ら「0点」と酷評した参議院議員時代にできなかった取り組み(農業テーマパークの開設など)に乗り出す構想を進めています。

2010年代についてしまった「ブラック企業」のイメージは根強く、SNSなどでは「またブラック企業に戻るのでは」など、厳しい視線も向けられています。そうした声を払拭し、再び一大企業ブランドに返り咲けるか、渡邉氏の手腕が注目されています。